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独白置場。

日記と言う名の呟き。

5周年企画ネタ連載 - No.04


Episode:04 ★ ドミノ倒しの運命

   3

 誰もが幸せになれる世界など、存在しないのだ。
   *

「――行くよ」
 掛け声に続いて、硬球が風を切る音がベンチで眺める詠一にも聞こえたような気がした。いくら速球自慢の兄とはいえ、野球部員でもなんでもない中学生相手に豪速球を投げるような真似はしないだろうから、恐らく気のせいだろう。
 投げられた球はゆるやかに放物線を描き、投球者に向かい合って立つ茶髪の少年を目掛けて落下する。少年はグラブを嵌めた左手を伸ばしてボールの落下位置を見極め、乾いた音と共にキャッチした。少し照れ臭そうに笑うと、すぐにそれを投げ返す。
 何気ないキャッチボールが続く。もう1人の少年が、詠一の隣でコーラを飲みながら休憩していた。
「あいつ、楽しそうだよね」
 隣の少年が言う。艶のある黒髪で金縁眼鏡を掛けており、学級委員でもやっていそうな雰囲気の子供だ。実際、小学校時代は児童会役員だったらしい。茶髪の少年の幼馴染である。
「うん――あれで役に立てばいいんだけど」
「? ぽっぽさん?」
「え? あぁ、うん」
 子供たちは――と言ってもこの2人だけだが――、兄のことを『ぽっぽさん』と呼ぶ。ふざけたあだ名だが、そうなった原因は本人にある。呼び捨てもさん付けもちゃん付けも嫌がった兄に対し、ペンネームから葵が考えたものだ。ノッポさんのパクリらしいが、子供たちは判らないだろう。
「充分役に立ってるよ。面白い人だし、キャッチボール付き合ってくれるし、宿題教えてくれるし」
「でも国語限定だろ?」
 冗談のつもりでそう言うと、少年――名は胡桃という――は少し困ったように笑って、答えた。
「それは問題じゃないよ。あいつは……葵さんたち以外の大人が仲良くしてくれるってだけで充分なんだよ」
「……胡桃君、」
「俺もさ、思うよ。ぽっぽさんが俺らの先生だったら、きっとあいつはもっと元気になるんじゃないかって」

 ――もっと、元気に?
 言葉がシンクロする。少年の笑顔が思い浮かぶ。

 そうだ、彼はもう――……

「あいつがあんなにつらい思いしなきゃいけない理由なんか無いんだ。あいつはただ普通に、あーやって、普通に笑って遊べれば……良かった、のに」
「……君は――……優しいな」
「べ、別にそういうんじゃ……ただ、あいつを苦しめた奴らが嫌いなだけで、さ」
 そう言い訳しながら顔を紅くしている。照れ臭いのだろう。
「大人は――差別するから、嫌いだった。どうしてあんな奴らに従わなきゃいけないのか判らなくて2人で抵抗したら、親まで怒り出した。今から考えれば当たり前だけどさ。あいつは結局自分が堪えれば良いとか考えて抑え込んで――……時々狂い出して、奴らはまたあいつを苦しめて」
「……悪循環だね」
「だから、詠一さんはさ――……奴らみたいになんなよ。あいつほどややこしい奴が居るかどうか判んねえけど、でも……俺らの味方で居てくれよ」
「あぁ、勿論。約束する」
 そう答えると、胡桃は屈託なく笑ってくれた。




「……あぁ」
 現実に引き戻される。今のは過去の風景の――夢、だろうか。
 ここは裏側の世界、葵と少年の家だ。兄は『ぽっぽさん』ではないし、子供たちはその兄を『先生』として、見ている。そして少年は――……、
「……兄さんが必要なんだ」
「ん? どうした? 詠一君も暇じゃね、どうよ俺と一緒に第2回花蜂市立図書館巡り」
 給湯室と書かれている部屋で紅茶を淹れ直していた葵が顔を出す。そんなイベントは嫌だ。
「自転車がありません」
「そんなもん兄ちゃんに借りればいいって。身長同じぐらいあるっしょ?」
 楽しそう、である。
 ――これだから葵は苦手なのだ。兄のように一緒になって楽しめない。無意識にため息が零れた。
「あ……悪い。あはは、こんな時なのに軽いこと言っちゃって」
「いえ――……慣れてます」
「……すいません2人揃って馬鹿で……」
「い、いや、そういう意味じゃ」
 葵はこれでも――と言ったら失礼だが、小説家だ。それもかなり有名である。今でこそ、父親が超大物と言っても過言ではない推理作家の新海碧彦であることは周知の事実だが、葵がここまでのし上がってきたのは実力があってのことだ。
「――そろそろ昼だな。早めに飯食って兄ちゃんトコ行くか? ボーっとしてても埒明かねえしな」
 葵が完全に話題を変えた。
「……そうですね……」
「よーっし! 昼飯ひるめっしー」
 高らかに歌いながら、葵は2階へと上る階段を駆け上がっていった。ここは着いて行くべきなのだろう。詠一は異常にハイテンションな金髪男の背中を追いながら、他に会うべき人が居ないかどうか――何となく、考えた。

   *

 葵の作ってくれた昼食は、男の料理の域を超えた豪快さによってもたらされた炒飯だった。おこげの量が通常レベルの5割増だったが炭になるようなことはなく、美味しかったのが妙に口惜しい。葵は変人だが――器用なのだ。
 早めの昼食を終え、少年に指示された通り洗濯物を回収すると、葵は1人で第2回花蜂市立図書館巡りを敢行すると言うので、詠一は彼と別れて中学校へとやってきた。緑谷中学校――詠一の世界では砂乃が勤めている学校である。

 記憶を辿って職員室に向かい、日直の教員に怪しまれない程度に事情を話して諒也の居るらしい席に向かう。――入り口脇に貼ってあった座席表を何気なく見ると、確かに『岩杉』と書かれていた。
「だから、今日のはセーフだけど昨日のはアウトだったって話だ。まーだ認めんか」
「だ、だって残響が――」
「残響ってことは、本物は既に鳴り終わってるってことだろ。大体昨日も今日も最終的に判断したのは俺じゃないクラス全員だ。俺1人に文句言っても仕方ないだろうが」
「そ……あ、あいつら全員オレを陥れようとしてるかも知れないし……ッ」
 押し問答が繰り広げられている。内容から察するに――遅刻がつくかつかないかと言う話だろう。中学生らしい。原告の高い声の少年の姿を窺って――驚いた。葵の従弟の、彼だった。
「あ」
 少年がこちらに気付いたらしく、小さく声を上げた。
「ん……あぁ! やっぱり来た。妙案は出なかったか」
「――残念ながら。寝て起きたらこうなってたならもう1回寝て起きるしかない、としか」
「おぉ、正攻法だな」
「先生、えーと……あれ? 先生って下の兄弟いたんだっけ……」
 1年5組と書かれた黒い表紙の出席簿を持ったまま突っ立っていた少年が、呟くような声で訴える。それに気付いた諒也が笑った。
「あぁ、俺には居ないよ。彼は――うーん、説明すると長くなるんだが、そうだな……異世界の俺の弟なんだそうだ」
 最後は伝聞なのか。説明が胡散臭い。案の定、少年は眉をひそめてあからさまに疑う視線を向けた。
「……異世界ィ……?」
「そんな顔すんな。それ以外考えられないんだよ」
「ふぅん……先生も意外とメルヘンな趣味なんだね」
 顔が馬鹿にしている。さすがの諒也もムッとしたらしい。
「何がメルヒェンだ」
 発音が無駄にネイティブである。兄にはドイツ人の幼馴染が居り、彼と交流する過程で通訳が出来るまでのレベルのドイツ語を身につけている。かなり幼い頃からの付き合いだったため、ほとんど日本語と同じような感覚で喋れるらしい。こちらの兄も同様なのだろう。
「あ、そっかドイツってメルヘンの国だよねぇ」
「関係ねえよ。っていうかパラ……何とかワールドってやつは決して非科学的な話ってワケじゃ」
「平行世界ってやつ? そりゃ存在は否定できないだろうけど、それとこれとは……。あ、えーと、オレは」
 少年はようやく詠一の視線に気付いたらしく、自己紹介モードに入ろうとしていた。
 示すなら今だろうか。
「――秋野、冬雪君、ですよね」
「え、えあ」
 少年が面食らう。諒也の二の腕を掴んで、無言で何かを訴えようとしている。
「痛い、判ったから掴むな。これで判っただろ、異世界の弟だ」
「そんな――……じゃ、じゃあオレのことも知ってる、んだ」
「うん、知り合い程度だけど」
 そう答えると、冬雪少年は何故か顔を紅くして畏まった。何だろうか。
「ヘ、ヘンなカンジ」
「名前知られてるぐらい大したことないだろう。俺なんか5時前に起こされたんだぞこいつに」
 論点がおかしい。何故に時刻を強調するのだろう。
「別に5時前はおかしくな――」
「あのな、そっちの俺も俺だろうから知ってると思うが、俺は5時に起きるって決めてるんだ。それより前に起こされたら一日中眠い」
「それは悪かったけど」
 見知らぬ人間に起こされたという話には触れなくていいのだろうか。
 だが――……朝と、違う。確かに風貌は朝から何も変わらないのだが、話す態度が、違う。
「……兄さん」
「はい?」
「……変なこと言うようだけど」
 兄と冬雪少年が同時に詠一の方を見る。
「――……オレのことを受け入れようとしなくていいし、っていうか、したらダメだからな。そんなことしたら――」
 後で、大変なことになる。
 だが――少年はきょとんとし、諒也はふわりと笑うのみだった。
「判ってるよ。言いたいことは判る。でも――冷たく当たるなんて性に合わないし、弟だって言うんなら尚更だ」
「お、弟だから――……だから、ダメなんだろ。オレは、ここに居ちゃいけない存在。オレが居たら、兄さんはここに居ないんだぞ」
 返答が止まる。
「せ……先生?」
 冬雪が不安そうに諒也の表情を窺っていた。
 しばらく沈黙が続いて――……最初にそれを破ったのは、兄のほうだった。
「秋野、教室戻って昼飯食って来い。藍田待たせてるんだろ」
「あ……、うん。昨日の、考え直しといて。それじゃ先生、あと……弟さんも」
 軽く手を振っておく。冬雪は軽やかに駆けて職員室を出て行った。
「――……あの子にとっては、この世界が幸せなんだ――」
「そっちのあいつは不幸なのか?」
「不幸、っていうか……。あの子には兄さんが必要なんだよ」
「……? 詠一とあいつが知り合いなら、その前に俺だってあいつと知り合いであるべきだろ。必要ってどういうことだ」
 何を言っているのか判らない、という風だった。
「知り合いだけど……キャッチボールしたり一緒に遊んだりしてるぐらいで、その……」
「良いお友達じゃないか。歳の差は考えないことにしよう」
「ま、真面目に聞けよ」
「真面目に聞いてるさ。――そのお友達関係以上に『必要』ってのはつまり……どういうことだ? 四六時中一緒に居ろってのか? そんなの無茶な注文――」
 やはり兄は兄なのか。右手に持ったサインペンをくるくると回しながら、詠一を小ばかにしたように笑う。

 ――抑えられなくなった。

「あッ……あの子は教師に虐められてきたんだぞ!? 大人しい子だから友達も少なくてッ、だから……だから、あの子にとって中学校が安心できる場にするために――、」
「詠一」
「何だよ」
「――それは知ってる。でも……ここの話じゃないとはいえ、職員室でそう大声で言う話じゃないよ、詠一」
 詠一を哀れむような目。はっとする。動転していて意識がそこまで回らなかった。周囲が少しざわついたのを察知して、諒也の方が弁解してくれた。
「……ごめん、なさい。はぐらかされたから、つい」
「いや、君が怒るだろうと判っててはぐらかした俺も悪い。――未解決の問題だからな」
「え――でも、兄さんには」
「……俺限定だ。他の先生方に対してはまだかなり警戒している。俺も果たして完全に信頼されてるかどうか」
 苦笑される。返す言葉が無い。
「でも、だからって俺が必要って言うのは早合点じゃないか? 確かにあいつは元気に見えるかも知れないが、俺はあいつにとって、初めて会ったときから『先生』だ。葵がそう紹介したからな――……警戒対象なんだよ。担任だから仲良くしようと必死になってるだけかも知れない」
「そ――……そんなの」
 考えたくはない。だが――否定も、出来ない。言葉が詰まる。
 兄がこちらを向いた。
「でもそっちの俺は違う。まだどっちが良いかなんて判らないさ。――そもそも君はその話……誰から聞いたんだ?」
「え――……胡桃君、に」
「藍田か……なるほど、俺じゃないから君なんだな。期待されてるってことじゃないか、頑張れ」
 頑張れとは何だ。
 何も言えずに居ると、今度は声を出して笑われた。
「……何だよ」
「え? いや、君は俺とは違うな、って話だ――」
「は……?」
 話が噛み合わない。諒也はどこか遠くを見ながら、少し寂しそうにも見える微笑を見せるのみ。
「……兄さん……?」
「ん、あぁ……すまん。葵さんでも思いつかないんじゃ、とにかく今夜試してみるしかないみたいだな」
 無理やり話題を変えたように思える。だが、だからと言って先刻の話を蒸し返すのも心苦しい。
「先に帰って適当に暇潰ししててくれるか? 夕飯は6時半……7時ぐらいには何とか」
「い、いいよそんなの……用意するって。オレはここじゃ暇人なんだから」
「冷蔵庫の何処に何があるかも判らないだろう?」
「れ、冷蔵庫ぐらい開ければ判る!」
 急に周囲が静かになった。――自分が叫んだせいだと気付いた時には後の祭りだった。目の前に座る諒也は、そんな状況の中で楽しそうに笑いながら、言った。
「だから、叫ぶなって――」
「……ごめん……つい」
「素直な子だ」
「…………」
 からかわれている気がする。
「いつもそうなんだろうな、と思うと面白くてな」
「は?」
 何の言い訳だろう。
「――君は跡継ぎなんだろう?」
「え……?」
 話題転換が唐突過ぎる。詠一がついていけていないのを理解しているのかいないのか、諒也は椅子から立って窓際に向かった。窓際と言っても北側の窓で、ベランダに繋がってはいるが陽が当たらないのでどこか寒々しい。桜の木に遮られて空もほとんど見えない。
「そっちの俺は……君が居るだけ、ある意味俺より不幸だったのかも、知れないな」
「不幸……」
 妙な、胸騒ぎを覚えた。そんな単語が彼の口から出てくるとは思わなかった。
「名前が逆だとよく言われないか?」
 ずっと桜の木を見ていた諒也が不意にこちらを見て微笑んだ。
「え、……うん。よく判るな、兄さんが大学の頃はホントにしょっちゅう、」
「最初から変だと思ってた。弟だって言うのに名前に『一』がつく」
 ――絶句。
 兄には、この世界の兄からは特に、最も言われたくない言葉だ。
「……それ、は」
「もしかして俺は――……」
「き、気まぐれだってそんなの! 次男なのに詠一だから面白いんだろ? 兄貴が諒次ってワケじゃないんだし、気にするほどのことじゃ」
「気まぐれで名前決めるような親じゃないだろ」
「…………」
 ご尤もである。
「気にしてるのか?」
「え?」
「それとも、親の意図は知ってるのかな」
「――……さぁ」
 聞きたくもないし知りたくもない。どうせロクでもない話なのだ。そんな話を両親に切り出したところで、いつものようにはぐらかされて気付いたら終わっている。そんな両親の嫌な癖は、しっかり兄にも受け継がれているのが少し気に食わない。姉の梨子は隠し事の少ないタイプだが、一体その差はどこから来るのだろう。
「気にしてるなら――……きっとお門違いだ。君の存在は関係ないよ」
「へ? でも――」
「まぁ親父は会社社長でも何でもなかったから跡継ぎも何も無いな、墓守が居なくなるだけだ。俺も別に、名前なんかどうでもいい。――この話は終わりにしよう」
 自分で始めておきながら、キリが無いと思ったのか――諒也は自分の机に戻った。詠一は何も言わなかった。
「ひとつだけ、訊きたいんだが」
「……何?」
「昨日寝る前に――何かいつもと違うことをしなかったか? ……泊まりに来たんならいつもと違うも何も無いだろうが……何て言うかその、魔術的な」
「……?」
 いきなり何を言うのだろう。確かに兄はファンタジー的なものを信じている節があるようだが――。
「いや……思いつかないなら良いんだけどな。砂乃が居るなら、ちょっと――その可能性も」
 まるで独り言のようだ。
「ごめん、オレは良く判んない」
「あぁ、良いんだ――先に帰っててくれ。冷蔵庫は勝手にあさってもいいから」
「……うん」
 少し、消化不良。兄は一人で色々考えているようだが、それが全く伝わってこない。彼の呟きが理解できない。だからと言って問い詰めても、また「何でもない」と言ってはぐらかされるだけ――。

(だから義姉さんにも仲良くしろって言われるんだ)

 仲が悪いつもりなどない。本気で仲が悪いなら家に泊めてもらおうなどとは思わない。
 しかし、それでも――納得の行かないことも、ある。


 結局その日は、大したことは何もせずに一日を終えた。
 布団に潜り込んで、明日の朝になったら全てが終わっていることを、祈った。

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