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独白置場。

日記と言う名の呟き。

5周年企画ネタ連載 - No.03


Episode:03 ★ 幸福の基準

   2

 どちらが表で どちらが裏か。
   *

 ネクタイを締めてスーツを着ている短髪の兄の、見慣れない後ろ姿を追いかける。詠一の記憶とこの世界の情報が一致していれば、久海葵は従弟の後見人として、妹と共にこの近くの家に住んでいるはずである。
 中学校が視界に入った辺りの、3階建ての家――これだ。庭に、少し低いが桜の木がある。と、兄が振り返った。
「――君のトコの葵もここに住んでるか?」
「あ、あぁ」
「じゃあ解説不要だな」
 そう言って兄は笑い、早速とインターホンを押した。出たのは子供の声――葵の従弟のうちの小さい方だろう。
「――葵さん居るかな。ちょっと話したいことがあるんだけど」
『葵君ですか? ちょっと待って下さい、起こしてきますねっ』
「あ……あー、よろしく頼むよ……」
「こんな朝早くに彼が起きてるわけないだろ」
「保護者会で朝食は家族全員が一番ですとか言ってたのは誰だ……ったく」
「保護者会?」
「え?」
 詳細を聞こうとする前に――慌しい足音と、玄関の扉が開く音がした。
「うわーッ押すな押すんじゃない馬鹿ふゆ、どわッ……」
「あー……」
「あぁ、顔面から……」
 ――落下。
 ついでに背中に眼鏡を掛けた中学生男子が乗っている。従弟の――大きい方だ。淡い茶色の髪に澄んだ青紫色の瞳。かなり小柄なので軽そうでは、ある。
「あ、あはは……ごめん、生きてる? あ、おはよー先生」
「おはよ。えーと、生きてます?」
 芝生の庭に顔面から転倒していた金髪の青年――葵がむくりと起き上がった。案の定、顔中ドロだらけである。
「こんなんで死んで堪りますかッ! 生きてますよ! ってー……顔擦り剥くとかガキじゃねえってのに……お前が押したのが悪いんだからなふゆ坊! 今日のお前の分のクッキーは没収だッ」
 顔のドロを払いながら葵が叫ぶ。
「ちょッ、謝ったのに!」
「ふ、問答無用だ。俺は先生と話してっから、お前はさっさと飯食って学校の準備してやがれ。じゃあなッ」
「あっ」
 扉を無理やり閉めて、葵がこちらに歩いてきた。
 ――記憶通りだ。あまり話しやすい相手ではないが、性格が違ったり見た目が違ったりはしていない。詠一が知っている葵のままだ。
 ただ少し気になるのは、兄が葵のことをさん付けで呼び、敬語で話していること。そして先刻の『保護者会』という単語。
「うるさいのは片付けてっと……さて、お話って何でしょ……ってあれ、見知らぬお方が。む、先生に似てますね、親戚の方ですか?」
「えぇ、詠一君と言って俺の弟なんだそうで」
「あぁなるほど弟さんですか……って、何言ってんですか先生弟居ないでしょ。いくら俺だってそれぐらい知ってますよ。冗談言うならもうちょっと上手く騙してください」
「見事なノリツッコミをありがとうございます。でも冗談じゃないんですよ」
「はい? いやいや先生トコ2人兄弟でしょ。あ、小さい頃生き別れになった弟さんとかですか? いやいや燃えますねーそういうの好きですよ俺」
「いえ、俺の記憶の中にそういう出来事はありませんね」
「……じゃあ何が起きたんです? 確かに似てますけど。……俺より年下ですか?」
 葵がわざとらしい笑顔を詠一に向ける。反射的に一歩下がりたくなったが、堪えた。この葵は詠一のことを知らないのだ。ここで引いたりしたら殴られかねない。
「えーと……あぁそうだ、大学生のはずだ。年下かな」
「そか、学生さんですか。で、何が起きたんです?」
「非常に説明しにくいんですが……この世界と凄くよく似ている別の世界から、何故かこの世界に来てしまったような……そんな感じです」
 葵の表情が変わった。眉をひそめて、兄と詠一の顔を交互に見ていたかと思うと――小さく呟くように言った。
「……パラレルワールドってやつです、か」
「あー、そう言うんでしたっけ」
「SFでよくある」
「そうそう。ってことはそこまで非科学的なわけじゃないんでしょう?」
「いや俺文系ですって先生」
 葵はそう言いながら苦笑し――ひとしきり笑った後、大きくため息を吐いた。そして真面目な顔をする。
「……状況は判りました。で、頼みたいことって何でしょう?」
「今日、暇ですか?」
「まぁ割と暇です。第2回花蜂市立図書館巡りしようかと思ってました」
 暇潰し以外の意図がほとんど感じられないイベントだ。第2回ということは既に一度やったのか。
「それ今度一緒に行きましょう」
「チャリですよ?」
「良い運動じゃないですか」
 運動が目的なら、図書館を選ぶ意味がないではないか――話自体はくだらないが、2人は楽しそうだ。お互い敬語で話していること以外、詠一の認識とほとんど変わりない。思わずため息が零れた。
「っと――それはまた今度。お願いしたいことなんですが」
「ハイ何でしょう」
「今日1日この子を預かって下さい。何があるか判りませんから」
「に、兄さ」
「……預かる……ですか……?」
 どう考えても言葉の選択が悪い。まるで赤ん坊ではないか。
「えーとその……解決策が見出せたらいいかな、と……思いまして」
「先生では無理だと?」
「授業もありますし」
「……そうか、なるほど。判りました。じゃあ――中どうぞ。ここが嫌だったら後で珈琲でも飲みに行きましょう」
 後半が詠一に向けられた台詞だと気付くのに数秒掛かった。兄のほうを見ると、爽やかに笑いながら手を振っている。葵は対他人用スマイルを崩していない。
「あ……はい。お邪魔します」
「それじゃ、また後で。何かあったら昼休みでも放課後でも。多分職員室に居るから」
「う、うん」
「はーい。じゃあ弟さんお預かりしまーす」
 兄は笑って手を振り、くるりと方向転換して車道を渡って行った。
「――大丈夫?」
 葵の声。
「え……?」
「この世界に君存在しないっしょ。俺だったら気狂いそうになるけどな」
「えぇ……でも、否定はされてませんから」
「あぁ、そうだな。あの人は良い人だ」
 葵がまた、ニッコリと笑う。
 良い人。兄は良い人なのだろうか。時々とは言え殺し屋稼業に勤しんでいる人間が良い人だと言えるのか。

 ――そういう問題ではないと兄はよく言う。何を生業としている人間にも悪人は居るし、肩書きだけで人間の価値は判断できないというのが常套句だ。
 尤も――発言意図の半分ぐらいは彼の自己保身のための言い逃れなのだろうが。

   *

「なるほど、違うのは先生だけか……」
 葵が自分で淹れた紅茶を飲みながら呟いた。
「あの――どうして葵さんが兄のことを『先生』と?」
「ん? あーそうか。それは――」
 再び慌しい足音。
「葵ッ、午後から雨らしいから昼んなったら洗濯物入れといて! んじゃッ」
「はいはい了解、行ってらー」
 先刻の茶髪の少年がバタバタと飛び出して行った。
「彼――……元気、ですね」
「? 元気元気。中学入ってから随分元気ンなった。あ、先生はあいつの担任なのね。だから、他の子の親達と差つけたくないから先生って呼んでるだけ、他意はない」
「兄が担任……? あの子の……」
「何か引っ掛かることでも?」
「い、いえ――大したことじゃないです」
 だから葵が保護者会に居て、その場に兄も同席していたのだ。大したことではない。
「1年目で――……採用試験、受かったんでしょうかね」
「2年目って聞いてる。浪人中はドイツ行ってたってさ。いいねーあー俺もドイツ行きたい今度ドイツ行こ」
「え――」
 詠一の兄は――2年目も落ちて、諦めたと言った。両親は何事も強要しない主義だから、何も言わなかった。諒也の人生だから、口出しする意味はない――と、笑うだけだった。
 その事を何となく葵に告げると、彼は紅茶を飲みながら――真剣な目で、呟くように言った。
「――何となく思っただけだけど」
「はい?」
「そっちも2年目……受かってたのかもな」
「……え……」
 受かっていたが敢えて蹴った、とでも言いたいのだろうか。
 ――ならば最初から受けるなと言いたい。
「あ、判んねえよ、俺が勝手に思っただけだから。本人に訊かなきゃ判んね。でもここまで一致してるのに、そういう細かいのがずれるとは思えねえんだよな。こっちの先生は独り身だけどそっち違うし。そういうのが影響した可能性は棄て切れないぜ。教職って忙しいんだろ、良く知らんけど」
「忙しい――と、思います。親は仕事のこと何も言いませんけど」
「! あぁそっか、先生ンちって親どっちも先生だったな。そりゃプレッシャーもあるわ」
「でもうちの親は本当に何も言いませんよ。進路にしたって……兄は楽な道を選んで好きなことやってただけですし」
「うーん、それでもちゃっかり教職取ってるあたりが偉いと思わね?」
「それは――……」
 取っておけば就職先の選択肢が増えるからとか何とか言っていたような気もしなくはない、が。
「あの人あれでちょっと俺みたいな面あるしな――」
 そう呟いた葵の表情は、妙に寂しげであった。彼らしくない。
「え……?」
「いや、別に。あの人だって君の知ってるお兄さんってこと。――さてさて、何でまた異世界からおいでになっちゃったかなぁ」
「……オレにも判りませんよ……寝て起きたらこうなってたんです」
「寝て起きたら、か。じゃあまた寝て起きたら戻れるかもよ?」
「ここでですか?」
「いやいや、勿論先生ンちで」
「…………」
 そんなことで戻れるのなら苦労しないのだが。
 葵がスッと立ち上がり、部屋の窓際に向かって歩いていく。
「先生は――……戸惑ってると思う」
「……それは、オレだって」
「あぁそりゃそうだ。ただあの人は……自分より幸せな人生を送ってる『自分』が存在することを知ったんだ。俺なら死にたくなってもおかしくない」
「幸せ……ですか……?」
「死んで欲しくなかった人が生きてる。結果的に細かい部分は変わってるが、やりたいことはやれてるわけだろ。ここの先生にとってみりゃ、そっちの世界はとんでもなく幸せだ」
「…………」
 そうなのだろうか。本人の口から聞いてみないと、あるいは聞いても落ち着けないのは、疑い深い詠一の悪い癖だと兄はよく笑うが――……原因が自分だとは気付いていないらしい。
 わざとでなくとも、兄はあまり本音を言わない。笑っていても、心から笑っているかどうかと言うと怪しい時が多々ある。自分が苦しむのを――他人に見られたくないのだ。だから今回の件に関しても、直接本人に訊いたところで正直な答えが返ってくるとは考えがたい。だが――……信じたく、ない。ジレンマだ。
「まぁ、ホントに君がパラレルワールドから来たんなら……どっちの条件がポピュラーなのかは判らねえけどな。イレギュラーなのはここかも知れないし、そっちかも知れない。当たり前だがな」
「……えぇ。でもどちらにしても、オレは元の世界に戻らなきゃいけないってことですね」
「そうだな。戻れないならこっちに留まれば良いって問題じゃない。君が留まることになれば、こっちの先生はそれこそ絶望の淵に立たされるぜ。さっきは笑ってたがそのうち気付く」
 詠一が居るか居ないかの差が、別の人間の生死を左右する。それが諒也にとって大切な人物であれば、詠一の遅すぎる登場など――目障りなだけだろう。
「色々、試してみるしかないですね――」
 ため息を吐く。普通の人間には出来ない体験をしていると思えば、あるいはこの状況を楽しめるのだろうか。
「なに、来られたんだから帰れるって! 万が一帰れなくても、まぁ……何とかしようぜ」
「――はい」
「泣くなよ。これでも俺らにとっては大事な世界なんだ」
 葵は少し寂しそうに――……しかして飽くまで爽やかに、笑った。

 裏側の世界も――ただの住人に罪は無い。
 悪いのは気まぐれで盤を裏返した、声も顔も知らない、神様。

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