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独白置場。

日記と言う名の呟き。

5周年企画ネタ連載 - No.02


Episode:02 ★ 似て非なる者


   1


 世界は、裏返された。

   *

 翌朝、詠一はいつになく早く目を覚ました。あてがわれた部屋の小さな時計を見るとまだ午前5時にもなっておらず、早起きな兄でもまだ寝ているであろうことは明白だった。
(……朝飯食って準備するか……)
 部屋を出て、兄たちの寝室は素通りし、リビングに向かう。
 そしてすぐに異変に気付いた。
「……あれ……?」
 その部屋の風景が、昨夜見ていたものとどこか違う。キッチンは相変わらずのようだが、パソコンしかなかったはずの円卓の上には見覚えの無い大量の書類があった。カーテンやカーペットの色が違う。一晩で替えたとは考えにくい。
「な……どうなってんだ……」
 まずは家主に確認するべきか。詠一ははやる気持ちを抑えつつ、兄の寝室の扉を何度か叩いた。反応はない。この時刻なら遅くて当然なのだが――落ち着かない。今度は少し強めに叩いた。そして叫ぶ。
「兄さん! 早く起きろ!」
 すると――扉が、ゆっくりと開けられた。
「に、兄さ……、ひっ!」
 ――目の前にナイフ。
 思わず仰け反り、それが襲い掛かってこないことを確認し――改めて部屋の主の方を見る。それは確かに兄のようであったが――やはり何か違う。髪が短い。前髪を分けたら詠一と見分けがつかないかも知れない。鋭いナイフを握り締めた右腕を伸ばして侵入者を防いでいる彼は、無理やり起こしたせいか異常に不機嫌そうな顔をしていた。
「な、何だよちょっと早く起こしたぐらいでそんな……。てか、いつの間に髪切ったの?」
「は……? 寝惚けて部屋間違えたんだったら鍵閉めなかった俺も悪いので構いませんが、こんな朝早くに人を起こしてワケの判らないことを……。強盗なら他所でやって下さい」
 唖然。あからさまに嫌悪感を剥き出しにして話しかけられている。しかし何処か言っていることがおかしいところがやはり兄である。
「ま、待って、寝惚けてない寝惚けてない! っていうか人にナイフ突きつけて、寝惚けてる強盗はそっちだろ。それに……そんな、他人みたいな言い方しなくても」
「他人……? やっぱり部屋間違えたんじゃないですか?」
「何言ってんだよ兄さん……オレは昨日からここに泊めてもらったんだよ。忘れたのか?」
「兄さんだって?」
 兄らしき人物が思いきり眉をひそめた。
「残念ながら俺に弟は居ませんよ。何度も言ってるように人違いじゃありませんか」
「…………え」
 そんなはずはない。詠一はずっとこのアパートのこの部屋で過ごしたのだ。部屋を間違えるようなことがあるわけがない。目の前に居る男は、髪型こそ違うが確かに詠一の兄だ。
「違う……そんなわけ……だってオレ確かに……」
 何故か力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
 もう危険は無いと判断したのか、男はナイフを畳みながら――先刻までとは少し雰囲気の異なる視線をこちらに向けた。
「……? 念のためにお伺いしますが、貴方のお名前は」
「名前……? 詠一、岩杉詠一。覚えがないとは言わせない、ぞ」
 しかし男の表情は相変わらず険しかった。
「確かに私は岩杉ですが、エイイチさんと言う名前には覚えがありませ」
「ッ、もういい! どうせまたそんな演技してオレを驚かそうってんだろ! 部屋の模様替えはともかく髪型まで変えて、今日は一段と手が込んでるんだな!」
「え……?」
 困ったような顔をしているが、もうそんな事に構う必要は無い。男の身体を突き飛ばして室内に突入する。中には砂乃が居るはずだ。
「判ってんだぜ、義姉さんに訊けば全部嘘だってわか――」
 いない。部屋には1人がギリギリ寝られるサイズのベッドとシステムデスクしかない。
「う、嘘だ……?」
 詠一が突き飛ばしたせいで派手に転んでいた男がむくりと起き上がる。
「私は一人暮らしですが……。姉だったらウチに居るわけないし」
「まさか独身だなんて言わないよな。姉さん……そうだ、梨子姉さんに訊けば」
「……あの、えーと、詠一さんでしたっけ」
「え、あ、うん」
 さん付けで呼ばれるのはどうにも気持ちが悪い。
「多分誰に訊いても無理ですよ。貴方は部屋を間違えてもいないみたいですし、貴方の言ってることは首尾一貫してます。でも俺も誓って嘘は吐いてません、独身です」
 真面目な顔をしてそんな事を言われると、鵜呑みにしてしまいそうになる。
 ――だが、違う。そんなはずがない。この男はいつものように詠一をからかっているだけなのだ――。
「……判ってもらえました?」
「わ……判んねえよ。あんたの名前は若葉屋諒也、1977年12月1日生まれで現在えーっと27歳、血液型はA型。あとは……そう、覆面作家の『小鳩聖夜』だ。人違いじゃないだろ?」
 男は明らかに今までと違う表情を見せた。目を見開いて、少し戸惑っているような、何とも言えない微妙な表情を詠一に向けていた。
「……ただ一点を除いて一致していますね。小鳩のことまで知ってるとは、とても人違いとは思えない、か。弟と称して自宅に潜り込み油断させて金品を奪い取る新手の詐欺……じゃなさそうですね」
「そんな器用な詐欺師いねえよ。……ただ一点って?」
「独身だと言ったでしょう、岩杉です。砂乃のことを知っているようですから言いますが……彼女は高校の時に亡くなりましたよ」
「死んだ……? な、何をまた冗談……。は、居ないことの証明は出来ないからな。いくらでも嘘は吐ける」
「……キリが無いですね。確かに居ないことの証明は出来ない……俺に弟が居ない証明も出来ない」
「だろ。オレの勝ちだっ」
 詠一の宣言に対して男は何も言わずに立ち上がり、詠一を素通りしてリビングに向かっていった。慌てて彼の後ろを追い掛ける。
「とにかく……朝飯作るので、それ食べて落ち着いて下さい。貴方の存在は色々とおかしいです」
「お、おかしいとか」
「貴方の今日の予定は」
「! そう、今日から教育実習で」
 遅れるわけには行かないのだ。兄の下らない芝居に付き合っている暇は無い。
 だが――キッチンに立った男の表情は曇っていた。おかげでこちらまで不安になってくる。
「……参ったな、何でまたそんな……。とりあえず、すぐ出来るので待っていて下さい。簡単なもので申し訳ないですが」
「き、気持ち悪いからその敬語やめてくれよ、オレだけタメ口利いてるの変じゃねえか。あ、呼び捨てで良いし。何か……色々おかしいよ」
「……判った。だから、色々おかしいのはそっちなんだって」
 それからしばらく、朝食が出来るまでは何も言わないことにした。
 することがなくなったので、机の上の食事スペースを確保しようと――大量の分厚い封筒を山のまま床に下ろそうとして、気付く。
「これ……テスト?」
「? 中間……。個人情報がうんたらって騒がしいから、出来れば中身は見ないようにしてもらえれば」
「…………」
「テストがどうかしたのか?」
 封筒には――国語と、書いてあった。砂乃は理科の教員だから、そんなものがこの家に存在するはずがない。悪いと思いつつ中をそっと覗くと、確かにそれは国語の答案だった。一晩で用意した悪戯にしては手が込みすぎている。
「……兄さんの、今日の、予定は」
「君の話を聞いて、解決次第仕事に行くけど」
「仕事って――」
「……あれ、随分突っ掛かるな。君の兄さんはもしかして専業作家――うん、そういう人生もアリだったかも」
「た、楽しそうに言うな! こっちは今本気でテンパって」
「――はい朝御飯、とにかく栄養摂って落ち着け。そう、こっちはいつも通りなんだ。ホントに俺が嘘を吐いているなら平和で良いんだが……そうじゃないから大問題だ」
 2人分の朝食が運ばれてくる。和風――いつも通りである。兄は書類の山を遠くへ片付けて、詠一より先に手を合わせて箸を右手に持った。
「……右利き……?」
「……。そうだ。色々違うだろ。……ほら、食事は大事だぞ」
 兄には無理だ。当たり前のように右手に箸を持って白米など食べられないはずだ。
 ――呑気に食事などしている気分にはなれない。台詞の前の若干の間が気になった。
「しまった、余計不安にさせたかな」
「……んで……」
「?」
「何でそう、変な風に大人ぶって優しくすんだよ……変な気遣わなくたって良いっての」
 自分でも何を言っているのか良く判らない。目の前の男は味噌汁を少しすすってから、ひとつ、ため息。
「ふむ……やっぱり俺は俺ってことか」
「当たり前だ! どう見ても兄さんにしか見えねえのに……くそ、落ち着かない……」
「……俺だって落ち着かねえよ。27になっていきなり『弟』が現れて……本物かどうかも判らないのに落ち着けるか。だからとりあえず飯食えっつってんだ、パニックになりそうな時に普段通りの行動をするってのは大事なんだぞ」
 マシンガンはいつも通り。だが何かが少しだけ、違う。
 机に置かれた割り箸にゆっくりと手を伸ばす。
 昨日まで、何もおかしなことなどなかったのに。どうして急にこんなことになっているのだろう――。
「…………」
「…………」
 沈黙が続く。どうしていいのか判らないので、とりあえず目の前で湯気を立てていた味噌汁を一口、飲んだ。美味しい。少しだけ落ち着いた。
「――詠一」
 聞き慣れているはずの声。顔を上げた先にあったのは、いつになく真剣な目をした男の姿。
「ひとつだけはっきりさせておきたい。君のお兄さんと俺は、確かに同じ存在かも知れないが――……俺は、君のお兄さんとは、違う。別の人間だ。多分、君は――別の世界から、ここに来た」
「べ……別の……? そ、そんなの信じられるわけが」
「俺だって信じられない。目の前で起きてること自体が信じられない。君が言ってることは――……俺にとっては、夢の世界のお話なんだよ」
 半分ヤケになったような言い方。もう食べ終わったらしい男は箸を置いて立ち上がり、窓際に立った。
 ――空は、雲ひとつなく晴れ渡っていた。
「親はどうしてる?」
 独り言のような男の問い。
「どうって……相変わらずだよ」
「元気なのか?」
「う、うん、まぁ……病気はしてないかな」
「……そう、か。なら良かった」
 そう呟いた男の表情は冴えない。しかし、これ以上尋ねるのは憚られた。
「こういうのは……俺より、葵が詳しいのかも知れないな」
「葵、さん……久海?」
 兄の高校時代の、後輩にあたる。小説家でもあるが、こちらは覆面ではない。
「……そうだ。そこまで一致してるなら知ってるだろ」
「う、うん……でもオレあの人ちょっと、苦手」
「そうか。でも俺よりは話が進むと思うんだが」
「そ、そうか……?」
「まだ俺が騙してると思ってるんだろう?」
「え、あ」
「他人から聞けば信じてくれるかと思ってな」
「……でも葵さんもグルかも知れないし」
 男があからさまにムッとした顔になる。
「……頑固だな」
「よく言われる」
 他愛もない会話が出来ることが、嬉しかった。
 この世界は――本当に、詠一の生きていた世界とは別の世界なのだろうか。
 そんなことは信じたくない。だが――この男はそう言っている。
「とにかく……君は今日学校に行っても無駄だろう。気になるなら連絡してみれば良いと思う、けど……。俺は出る準備してるから、」
「判ったそうする。食器は片付けとくから着替えてこいよ」
「……あぁ、現実を見たほうが良い」
「え――」
 男は既に廊下に姿を消していた。妙に不安が募る。

 時刻を見計らって、受話器を取った。電話に出た職員に名を告げて、名簿に載っているかどうか尋ねる。定番のやり取りが交わされ、保留音が流れ始める。男は既に出掛けられる状態で、朝の平和なニュース番組を垂れ流しながらそんな詠一の様子を見ていた。
 ――保留状態が解かれた。
『すみません、お名前が確認できないのですが……』

 目の前が真っ白になるとは――……こういうことを言うのか。

「……判りました、ありがとうございます。お手数お掛けしました……失礼します」
『え? あ、あの――』
 これ以上会話しても無駄だ。受話器を置いてため息を吐く。
「俺が正しかっただろ」
 煎餅をかじりながらニュースを見ていた男が呟く。
「……これが現実?」
「俺にとっては、だ。言うのも心苦しいが、この世界に君は存在しない」
「……」
「――そろそろ出るかな」
 男が鞄を持って立ち上がる。
「ほら行こう、葵に会わないと」
「あ――……うん」
 煮え切らない気分のまま、詠一は手ぶらで部屋を後にした。

 昨日と何ら変わりない街の風景に騙されてはいけない。
 ここは――詠一の知らない、裏側の世界。

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